サヨナラは、突然やってくると知った中学2年生…
季節はいつ頃だったのだろう?
『おじいちゃん、咳してたから痰とってあげてね!』
大きなアコーディオンカーテンで仕切られた古い台所から母の声だけがした。
夕食の味噌汁の鍋がカタカタと、当たり前のように音を立てていた…
隣の部屋からは、教育学部への入試をひかえ練習している 姉のピアノの音が響いていた。
いつも通りカバンを居間のテレビの前に無造作に置いて
いつも通りおじいちゃんが寝ている部屋の扉を開けた
いつも通りのはずのおじいちゃんは
いつも通りではなく、呼吸をしていなかった…
『おじいちゃん、息してない!救急車呼んで!!!』
大きな声で叫んだ後に、必死に痰を吸引した
心臓に耳を当てると、まだゆっくりと動いているのがわかった。
人工呼吸の仕方をテレビ番組でみたのを思い出した…
開きっぱなしのおじいちゃんの口に、大きく口を当てて息を吹き込むと
胸のあたりで痰がゴロゴロと音をたてた…痰の吸引を繰り返しながら
救急車を待つ時間が、永遠に感じた…
その日の夕方、おばあちゃんは出かけていて留守だった。
中学2年生の私は、その時どんな顔をしていたのだろうか?
救急隊員の後について、母と一緒に救急車へ乗り込むことになった…
家に残り、父や祖母に連絡を取ることになった姉が、音がするほど強く
私の背中を叩いた。
『しっかりしなさい!』
何年かして大人になった時に、姉が言っていた。
『あの時、あんた死んじゃうかと思ったよ…そんな顔していた…』
初めて乗る救急車の中で、なかなか道をあけてくれない道端の車や
救急車の中を覗こうと背伸びする、信号待ちのおばさんに
怒鳴りつけたい気持ちでいっぱいだったのを覚えている…
その日から、三日間
病院のベッドで過ごしたおじいちゃんは
13年間過ごした居間の隣の部屋のベッドには、もう二度と戻って来なかった。