人は人と生きてこそ人

子供の頃、介護は『リアルおままごと』だった私には、介護なんて当たり前の日常すぎて『介護士』なんて仕事は、進路を決める時にも頭をよぎることすらありませんでした(笑)

それから数十年…人生のどん底で、仕方なく介護職になった私が、こんなにも介護の魅力に引き込まれるなんて…

寝たきりのお爺ちゃんの布団の中で隠れん坊していた時には、夢にも思わなかった感動の毎日が、今ここにありますヾ(*´∀`*)ノ

おばあちゃんは、スーパーウーマン(2)


おばあちゃんが、私におじいちゃんの経管栄養作り方を教えてくれたのは、小学校何年生の時だっただろうか? 



今の時代みたいに、紙のパックに入った経管栄養を開けて入れておしまいではなく
カルシウムは、カルシウム、塩分は、塩分と軽量スプーンで計り調合していた。



ポットのお湯で赤ちゃんの粉ミルクみたいなメインの粉を溶かすと、甘い匂いが立ち込めた。



鉄みたいな味がして、舐めてもあまり美味しくなかったのを覚えている。



それをシャカシャカと、泡立て器で
溶かしていると、気分はケーキ屋さんだった(笑)




おばあちゃんは、私に経管栄養やら
痰の吸引を任せると、仕事にしていた着物作りをせっせとしていた。




隣の部屋からおばあちゃんが、大きな断ち切りハサミで着物を切る音が大好きだった。





私にとって介護は、『介護』なんて言葉すら存在せず



私にとって介護は『リアルおままごと』だった。



つづく…


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